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【初心にかえれ】ここがおかしい日本の事故調査

航空機事故は一度に数百人の命を犠牲にする可能性があります。

1977年にテネリフェ空港で起きた事故では航空史上最多の583人が犠牲になりました。

テネリフェの航空事故は多くの教訓を得るものでした。今となっては初歩的なルールになっていますが、「規則通り」が無線において重要であると感じました。

事故調査の問題点を指摘する前に、事故調査から得られたことをテネリフェの事故を例にしてお伝えします。

その次に日本で発生した航空事故を基に責任問題のあり方を考えます。

表題については「ここがおかしい事故調査」以降で言及していますが、もしお時間をいただけるなら、日本航空駿河湾上空ニアミス事故で揺らぐ司法介入の意義」も考えながらご覧ください。

事故の概要

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故は、1977年3月27日17時6分、スペイン領カナリア諸島テネリフェ島にあるテネリフェ空港の滑走路上で2機のボーイング747同士が衝突し、両機の乗客乗員644人のうち583人が死亡した事故の通称である。 生存者は乗客54人と乗員7人であった。死者数においては史上最悪の航空事故である。

テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 - Wikipedia

テネリフェ空港の事故はそもそも異常時に発生しました。

事故機となったパンアメリカン航空1736便、 KLMオランダ航空4805便の両機とも、最終目的地は大西洋に浮かぶリゾート地「グラン・カナリア島」であり、テネリフェ空港に寄る予定はありませんでしたが、グラン・カナリア島の空港でテロ事件が発生し閉鎖されたため、両機ともスペイン領カナリア諸島テネリフェ空港に目的地を変更しました。

テネリフェ空港は大きくないので、目的地を変更した飛行機で大変混雑しました。また天候が優れず、事故発生時は管制塔から滑走路が見えないほど視界が悪い状況でした。

両機の目的地「グラン・カナリア島」の空港が運用再開すると、KLMオランダ航空機がパンアメリカン航空機より先に出発することになり、操縦士は離陸準備を進めました。

管制官はKLMオランダ航空機からの求めに応じて、目的地までの管制承認を伝達、KLMオランダ航空の操縦士はそれを「離陸許可」と認識して復唱します。

管制官はKLMオランダ航空操縦士が「離陸許可」と認識の下での”We are taking off(離陸する)”を理解するのに少し時間を要し、”OK,Stand by for take off. I will call you(了解・・(2秒の沈黙)・・離陸の準備をしてください。(時機がきたら)こちらから一報します)”と通報。

滑走路上を走行しているパンアメリカン航空の操縦士は管制官の”OK”を聞いて、このままだとKLMの離陸を管制官が許可しそうだと察知し、”No, we are still taxiing down the runway(だめだ、我々はまだ滑走路を走行している)”と通報。

しかしこの通報は、管制官の”Stand by for take off. I will call you”とダブルトランスミッション(二重送信)になっていました。そのためKLM機には混線している音にしか聞こえなかったはずです。

管制官はKLM機が待機していると思っているので、パンアメリカン航空機に対してreport the runway clear(滑走路を離脱したら通報してください)といつも通りに通報。

その交信を聞いたKLM機の機関士が「『滑走路を離脱したら通報してください』と言っているのだから、滑走路上に他の航空機がいるのではないか」と操縦士に進言したものの、操縦士は管制官に確認せず「大丈夫だ」と言い切ってしまいます。

そのままKLM機は離陸滑走を続け、パンアメリカン航空機と衝突。

KLMオランダ航空機の操縦士の過信と、管制官の誤認や過信が主因となって発生した事故でした。

他にもパンアメリカン航空機が管制官が指示した誘導路で離脱しなかったこと、視界不良だったことも遠因ですが、事故と直接関係しません。

事故調査から得たもの

テネリフェ空港の事故をきっかけに無線交信の規則が改正されました。

一番大きいと思うのは”TAKE-OFF”という語は、離陸許可(cleared for take-off)か離陸中止(rejected take-off)に限り用いることになりました。

なので、「離陸準備ができたら報告してください」は”Report when ready for departure”に、「速やかに離陸できるように準備してください」は”Prepare for immediate departure”に変わりました。

また管制官が”OK”と通報したことによりKLMの操縦士が離陸を承認したと確信してしまったことから、何かを肯定する時にはAffirmative(あるいはAffirm)、否定する時にはNegativeのみ用いることになりました。

OKやRogerは事実上何の意味も持ちません

管制指示や管制許可の復唱としてOKやRogerのみを用いることもできません。

管制指示 Turn Left heading 100.

不可→Roger. 可→Roger, Turn Left heading 100.

また、管制承認と離陸許可の間はできるだけ開ける(管制承認と離陸許可を紛らわしく発出しない)ことを勧告しました。

日本航空駿河湾上空ニアミス事故で揺らぐ司法介入の意義

事故調査のあり方について考える上で「日本航空駿河湾上空ニアミス事故」は欠かせません。

航空機の事故が発生すると運輸安全委員会と警察の両者が調査します。

それぞれの目的は、運輸安全委員会が事故の原因究明と再発防止、警察は業務上過失致死傷罪などの捜査です。

運輸安全委員会と警察の両者が違った立場で調査(捜査)することで、物事を多面的に捉えられたり、公正な調査が行われるのでこれ自体は必要なことでしょう。

しかし警察以外にも検察、裁判所といった司法の側が個人の責任を追い求めることは目に余ります。

 

日本航空駿河湾上空ニアミス事故は、907便が管制官の降下指示、958便がTCASの降下指示にそれぞれ従ってしまい異常接近した事故です。死者こそは出ませんでしたが、乗客乗員100名が負傷しました。

この件で航空管制官2名(訓練中の管制官、実地訓練監督者)と両機の機長が業務上過失致傷の被疑者になりました。結果的に両機の機長は不起訴処分となり、刑事責任を負うことはありませんでした。

一方、航空管制官2名は業務上過失致傷罪で起訴され、第一審では無罪、控訴審では禁錮1年執行猶予3年(訓練生)、禁錮1年6か月執行猶予3年(監督者)、上告したものの棄却され、控訴審の有罪判決が確定しました。有罪判決が確定したことにより、航空管制官2名は失職しています。

一連の裁判で疑問に思う点はいくつかあるのですが、最高裁決定*1「本件は,そもそも,被告人両名が航空管制官として緊張感をもって,意識を集中して仕事をしていれば,起こり得なかった事態である。」の部分は一番理解に苦しみました。

確かに緊張感を持って意識を集中して仕事をしていれば起こり得ない事故でした。

しかし「緊張感を持って意識を集中していれば起こり得ない」というのは責任ありきではないでしょうか。”緊張感” ”意識を集中”の語は客観的な尺度が存在しない極めて曖昧な表現であると言わざるを得ません。

システム開発によるフェールセーフ構造の発展を真っ向から否定する精神論を恥ずかしくもなくわざわざ最高裁判所で述べる国であるにもかかわらず、今日も航空機の安全運航のために尽力されている航空管制官ほか関係者の皆さんには改めて感謝したいです。

話を戻して、有罪とした判決は航空管制官個人に責任を押し付けているようにも感じます。

なぜなら航空管制官の間隔確保義務は、操縦士が実際に行動しなければ完遂したことにならないからです。今回の場合、航空管制官は958便に針路を130度、140度に向けることをそれぞれ1回ずつ指示しましたが、958便の操縦士は返答しませんでした。

管制官個人に責任を押し付けていると考える理由はここです。つまり、958便が針路変更しなかったことも含め、航空管制官の責任だとする判決であるからです。

958便が指示に従わなかった理由として、事故調査報告書によれば、1度目の130度への旋回指示(fly heading 130 for spacing)は、TCASの降下指示に専念していたことや警報音で無線が聞き取りにくい状況であったこと、907便のパイロットが復唱を終えた直後でマイクのキーイング状態が完全に終了しておらず、便名の部分がダブルトランスミッションで聞き取りにくい状況にあったからとしています。

2度目の140度への旋回指示(fly heading 140 for spacing)も、TCASの警報音で聞き取りにくい状況にあったとしています。

1度目のfly heading 130 for spacingを発出した後にバンク角25°で旋回した場合とバンク角30°で旋回した場合を検証したところ、バンク角25°の場合は最接近時で0.67nm(1,240m)、バンク角30°の場合は最接近時で1.01nm(1,870m)だということを事故調査報告書で指摘しています。

つまり航空管制官が発出した指示通りに飛行してれば(飛行していても)、ニアミスは発生しなかった可能性がある」ということです。

航空管制官"緊張感を持って意識を集中させ"、ニアミスを回避するための指示を発出したのではないでしょうか。結果的にその指示は操縦室の警報音で聞こえなかったかもしれないけど、警報音で聞こえなかったことも航空管制官の過失だというのでしょうか。

 

航空管制官に航空機の間隔を保つ責任があることは否定しません。

しかし、いくらなんでも航空管制官が負う責任が、自ら操れない領域にまで達するのは行き過ぎだと思います。

この件を抜きにしても、航空事故の当事者に刑事責任を課す意義を感じないところがあります。

なぜなら、航空事故の主因を1つに特定することはできても、航空事故の原因・責任は1つであると特定することは不可能で、もし1つに特定している場合、大切な「何か」を見失っていると思うからです。

航空管制官が絡む事故だと、なおさら責任の所在が複雑です。

先ほど警察等が調査(捜査)を行うことは、物事を多面的に捉えられること、公正な調査が行われることになるから、それ自体は否定しないと書きました。警察の捜査は個人に対するものではなく、あくまでも組織に対するものであるべきではないかと思います。

刑事責任を問うことは、罪を償うことでの再犯防止を促す側面がありますが、ヒューマンエラーにおいては罪を償わせても"再犯"の確率は変わりません。今一度考えるべきではないでしょうか。

ここがおかしい日本の事故調査

ここからが本題です。

現在の制度法律では運輸安全委員会の調査を拒むと法律で罰せられるのに、その調査で得られた情報を刑事裁判に流用することが認められています。

1972年に旧運輸省警察庁で「航空事故調査委員会設置法案に関する覚書*2」が結ばれ、その中で「捜査機関から航空事故調査委員会委員長等に対し、航空事故の原因について鑑定依頼があったときは、航空事故調査委員会委員長等は、支障のない限りこれに応じるものとする。」とされたのです。

要はこれによって刑事裁判で運輸安全委員会の報告書が”鑑定書”として採用されるわけです。

これは制度の欠陥を指摘しているのではなく、実際に報告書が裁判の"鑑定書"と名前を変えて流用されたことがあります。だから問題だと指摘するのです。

事故調査報告書は「航空事故等の防止に寄与することを目的として行われたものであり、本事案の責任を問うために行われたものではない」としています。

国際民間航空条約の第13附属書3.1にも同様の記述があります。*3

なぜ運輸安全委員会を設置したのか。なぜ事故調査報告書を公表するのか。

改めて問いたい。

事故調査報告書に証拠能力があるのか

警察検察が取調を行う場合はあらかじめ自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げることが法律で定められています。(黙秘権の告知)

航空事故調査報告書が刑事裁判に流用されるなら、同様に黙秘権の告知をする必要があるでしょう。

しかし、運輸安全委員会設置法では、調査官からの徴取に虚偽の陳述をしたり、検査を拒んだ者を30万円以下の罰金に処すると規定しています。(運輸安全委員会設置法*4第18条第2項、同法32条

つまり刑事裁判に流用される徴取に黙秘権がないどころか、拒んだら罰金刑に処される制度になっています。

原因究明と再発防止を掲げ、背後に罰金刑をちらつかせながら得た証言をまとめた事故調査報告書に証拠能力があるか疑問です。

事故調査報告書の流用を法律で規制せよ!

日本航空駿河湾上空ニアミス事故のように、航空事故調査報告書が本来の「航空事故などの再発防止に寄与する」という目的から逸脱し、刑事裁判に流用された前例があります。

事故調査報告書が刑事裁判に流用される可能性は今もあります。

日本も採決で賛成し、国会で承認された国際民間航空条約第13附属書では、事故の責任を特定することを目的としないと明確に記されています。

再発防止を目的とした事故調査報告書を刑事裁判など個人の責任を追求する目的で利用することを禁止する法律をつくるべきです。その第一歩として報告書の流用をやめるべきです。

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